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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)996号 判決 1975年12月05日

原告

大正海上火災保険株式会社

訴訟代理人

山道昭彦

外二名

被告

協同運輸株式会社

訴訟代理人

竹村寛

主文

被告は原告に対し、金一、七八五万六、八八四円と、これに対する昭和四五年三月一五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができ、被告は金一、〇〇〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告会社

主文第一、二項同旨の判決と仮執行の宣言。

二、被告会社

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の事実上の主張

一、原告会社主張の請求の原因事実

(一)  訴外三井物産株式会社(以下三井物産という)は、輸出入貨物の沿岸荷役を行うことを業とする被告会社との間で、昭和四三年一〇月ころ、訴外久保田鉄工株式会社製造の農機部品二三二ケースを大阪港安治川二号岸壁辰己商会所属倉庫から大阪港桜島第一埠頭一五号岸壁に係留停泊中の外航汽船高砂丸(以下本船という)まで安全に運送し、本船に引き渡すことを内容とする運送契約を締結した。

なお、本船への引渡しとは、艀の貨物を本船デリツク(揚貨機)のフツクにかけて、右貨物が艀を離れるまでをいう。

(二)  三井物産は、同月二九日、被告会社に対し、前記辰己商会所属倉庫で、前記農機部品二三二ケースを引き渡し、被告会社は、これを機帆船第一六高砂丸(以下本件艀という)に積み込み本船の舷側まで運搬した。しかし、被告会社が本件艇から本船に三回にわたり合計九ケースを引き渡したとき、本件艀は突然横転し積荷もろとも沈没してしまつた。<以下省略>

理由

一本件運送契約について

(一)  本件請求の原因事実中第一項の事実は、本件運送契約上の被告会社の責任の範囲の点をのぞいて当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によると、次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

1  F・A・S・(free alongside ship―船側渡)売買とは、売主が約定期日又は期間内に、契約上の船積港で、買主の指名した荷役錨地に停泊した買主手配の船舶の船側で(alongside the vessel)、買主又はその受託者に約定品を引き渡し、それによつて責任解除(free)となる条件の売買契約である。従つて、売主は、貨物を船側で有効に買主側に引き渡すまでの費用と危険を負担することになるが、この貨物の引渡し完了時とは、貨物が買主の受託者として受取りの衝に当たる船長の管理下に入つたときで、具体的には、貨物をカーゴーフツク(cargo hook)に引かけウインチ(winch)で吊り揚げた瞬間、すなわち貨物の重力が艀(沖積荷役の場合)又は埠頭(経岸荷役の場合)を離れた瞬間であると解するのが相当である。

2  三井物産は、F・A・S・売買契約の履行のため、被告会社との間に本件運送契約を締結したから、被告会社の責任の範囲は、貨物を本船に引き渡すまでである。

3  しかし、被告会社は、港湾運送事業法上の沿岸荷役業者であつて、船内荷役業者でないため、本船への貨物の積込みができないので、三井物産と訴外商船三井近海株式会社との間の契約によつて、訴外会社の下請である訴外商船港運株式会社が艀から本船への貨物の積込み作業を担当した。

(三)  以上認定の事実によると、被告会社は、本船船側で貨物を引き渡すまで、すなわち全貨物が本件艀を離れるまでは、本件運送契約上の責任を負担しているといわなければならない。なお、被告会社は、船内荷役業者ではないから、本船への貨物の積込みができないと主張する。しかし、船内荷役業者が積み込むにしても、貨物が本件艀内にある間は、被告会社の占有下にあるから、被告会社は、善良な管理者の注意義務をもつて艀内の貨物を保管する義務を負担するものというべきである。従つて、被告会社が船内荷役業者でないからといつて、本件運送契約上の責任が軽減される理由はない。

二本件沈没事故の発生について

本件請求の原因事実中第二項の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、被告会社には、本件運送契約上の債務不履行があつたといわなければならない。

三被告会社の無過失の主張について

(一)  被告会社は、本件事故当日、本件貨物の本件艀への積付け、本船への運航、本件艀の整備、本船船側への着船等について十分注意してきたものであり、本件事故の原因は、もつぱら船内荷役業者の本船への貨物積込み操作に誤りがあつた点にあると主張し、<証拠>中には、これにそう供述部分があるが、後記認定の事実に照らし、直ちに採用できないし、ほかに被告会社の無過失が認められる証拠はない。

かえつて、<証拠>を総合すると、次のことが認められる。

(1)  本件艀の船体の模様は添付図面のとおりである。

(2)  被告会社は、本件事故当日午後一時ころから五時三〇分ころまでかかつて、大阪港安治川二号岸壁で辰己商会所属倉庫に保管中の本件貨物三一九ケースのうち二三二ケースを本件艀に積み込んだ。

積み込んだ本件貨物の各ケースの容積、重量は、同一でなく、種々雑多であるが、総容積は一〇七立方メートル、総重量は56.776トンであつた。本件艀は、積トン数が八五重量トン、船倉の容積が一〇八立方メートルで、積載に伴い生じる通常の倉内空積約一五パーセントであることを考慮すると、本件艀の積荷は、倉口頂部の差板から平均三七センチメートル積み上げられていたことになる(その模様は同図面のとおり)。そして、実際には、積荷は、右舷の方が左舷より一、二段多めに上積みされていた。

(3)  本件艀は、同日午後五時三〇分ころ、離岸し、本船へ向けて航進を開始し、同日午後六時ころ本船の二番船倉舷側(本船の右舷側)に、着舷した。当時の天候は、穏やかで風浪も静かであつた。

(4)  本件艀が着舷すると、本船の一方のデリツクをその頂部が本件艀の中央にくるように、他方のデリツクを本船倉口上の適当な位置にそれぞれ設置し、双方のデリツクのカーゴーワイヤーを連結し、その先端にカーゴーフツクを取り付け、いわゆるケンカ捲きとした。

(5)  本船の船内荷役業者は、本件艀に乗り移り、同日午後六時三〇分から本件貨物の本船への積込みを開始した。第一回目は、本件艀の倉口の中央部から一ケースを、第二回目は、二ケースを本船に積み込んだ。次いで、左舷より一、二段多く積まれた右舷側から六ケースを捲き上げるべく、フツクをかけ本件艀から約五〇センチメートル吊り揚げたところ、本件艀は、左舷側すなわち本船側に急に傾斜し始めた。そこで、六ケースの貨物を本件艀に再び降ろしたが、艀上の貨物が左に移動したため、本件艀は、傾斜を増し、更に海水が左舷倉口から倉内に浸入し、遂に横転沈没した。

(二)  以上認定の事実によると、本件事項の主原因は、本件艀が重頭の状態(艀の重心が高くなつていることをいう)であつたのに加えて、貨物積載の方法が不十分であつたため、第三回目の六ケースを吊り揚げたとき、本件艀が左舷に傾きその復元力を失つたことにあるとするほかはない。そうすると、被告会社は、本件艀への貨物の積込み方について過失があつたことに帰着するから、被告会社は本件運送契約上の債務不履行責任を免れることができない。

四三井物産の損害と原告会社の権利取得について

<証拠>によると、三井物産は、本件沈没事故によつて別紙目録記載のとおり合計金一、七八五万六、八八四円の損害る被つたところ、原告会社との間の本件貨物についての貨物保険契約に基づき、原告会社が昭和四四年三月五日三井物産に保険金として同額の金員を支払つたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、原告会社は、商法六六二条によつて、三井物産が被告会社に対して有する本件運送契約上の債務不履行に基づく損害賠償債権金一、七八五万六、八八四円を保険代位によつて取得したことになる。

五むすび

被告会社は原告会社に対し、金一、七八五万六、八八四円とこれに対する本件訴状が被告会社に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年三月一五日から支払いずみまで商事法所定年六分の割合による遅延損害金を支払わなければならないから、その履行を求める原告会社の本件請求を正当として認容し、民訴法八九条、一九六条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 下村浩蔵 春日通良)

目録

(一) 沈没貨物引揚救助費用

金七四一、五〇七円

(総計金八〇万円のうち被告会社機帆船救助負担分五八、四九四円)

(二) 附帯費

(1) 救助貨物艀揚入出庫料

金五九、九一六円

(2) トラツク運送料(堺・大阪間)

金五一、〇〇〇円

(3) 作業用レツカー使用料

金三一、五〇〇円

(4) 開梱作業人夫賃

金一〇五、五〇〇円

(5)出 荷トラツク運送料

金三〇、三九二円

(6) 再生貨物の入出庫料

金二一、一四六円

(7) 再生貨物の艀運送料

金一三、九〇四円

右小計 金三一三、三五八円

(三) 再生費用

(1) 於久保田鉄工株式会社三宝倉庫

(イ) 工賃 金八〇一、〇〇〇円

(ロ) 資材 金二六九、三七〇円

(ハ) 設備、備品、倉庫等使用料

金二四〇、五〇〇円

(ニ) 第二次手入加工賃

金二七三、九一〇円

(2) 右三宝倉庫・堺工場間トラツク運送料 金五四、五〇〇円

(3) 輸出のため仕上・梱包再出荷費用

(イ) 工賃 金三〇二、四〇〇円

(ロ) 資材費 金五一五、七一三円

(ハ) 設備及備品使用料

金二四五、七三九円

右小計 金二、七〇三、一三二円

(四) 売却処分損(インボイス価格の一割増から売却代金一〇万円控除した損害)

金一三、五一五、四九五円

(五) 全損相当損害(インボイス価格の一割増) 金二二〇、三七五円

(六) 流失による五ケースの損害(インボイス価格の一割増)

金二一七、五九〇円

(七) 鑑定料 金一五〇、〇〇〇円

(八) 未必要費(タリーおよびスリング料)(一) 金四、五七三円

損害額総合計

金一七、八五六、八八四円

<図面省略>

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